7. 外国人登録
 外国に長期滞在する場合は、たいてい居住地において「外国人登録 (Foreigner's Registration)」を行う必要があります。パキスタンの場合は一か月を超えて滞在する外国人は登録して滞在許可証 (Residential Permit) を取得しなければなりません。3月29日にガイドブックをたよりにラーホールの外国人登録事務所を訪れました。当時は、この事務所は警察署の中にありました。その敷地内には似たような白い建物が並んでいて案内図もないので、どれが目指すべき事務所なのか全くわかりません。広い署内をさがすのは大変なのですが、こういう場合、パキスタンではあまり困りません。なぜならこの国の人は道に迷っている人を見かけると放っておかないからです。少々大げさに道を探しているそぶりを見せると、必ず通りすがりの誰かが声をかけてきて案内してくれます。

 事務所で申請用紙をもらって記入し、顔写真二枚とパスポート、ビザ、および入学許可書のコピーを提出すると、二日後の10時以降に滞在許可証が発行されるとのことでした。


8. スクールバス
 外国人登録のあと、パンジャーブ大学に出向いて シャムス教授に面会することにしました。パンジャーブ大学のキャンパスにたどり着き、中をウロウロしていると例によってすぐに声をかけられ、“Information Centre” なるところに連れていかれました。ここで、地質学科はここ“Old Campus”ではなくて、郊外の “New Campus” 内にあること、 New Campus と Old Campus の間にはスクールバスが約30分間隔で運行されていて、所要時間約20分であることがわかりました。

 スクールバスはパンジャーブ大学のスクールカラーである空色に塗られていて、遠目にはきれいに見えますが中身はオンボロです。このバスは結構利用者が多くて乗り込むのは大変です。発車時刻近くになると男性の乗客がわっと集まってきます。どうやら停まっているバスの車内は暑いので発車ぎりぎりにならないと乗らないようです。このとき、列を作って順に乗車するのではなくて、とにかく入り口に殺到するためにやたらと時間がかかります。窓から荷物を投げ込んで席取りする奴もいて、先に乗車した人とモメたりするのでさらに時間がかかります。この人混みの中に潜り込まないとバスには乗れません。女性は前方の入り口から悠然と乗車し、運転手の横にある「女性指定席」に座ります。どんなに込み合っていても女性は必ず座ることができます。

 どの便もスシ詰め状態で運行されていて、車掌は乗客を巧みにかき分けて運賃を徴集していきます。車掌と乗客はこの運賃でよくモメます。学生・教職員運賃50パイサ(2分の1ルピー)と一般運賃2ルピー(民間のバスとほぼ同額)の差が大きいのでみんな学生運賃を払って済ませようとするのですが、実際には一般市民もたくさん乗っていて、「学生証を見せろ」、「忘れた」、というやりとりがよく起こります。私は学生証を持っていないので、2ルピーを払おうとしたところ、隣の学生が「お前は留学生か」と尋ねてきました。「地質学科の研究生で最近ここに着いたところだ」と説明すると、彼が車掌と交渉してくれて50パイサでOKになりました。


9. Institute of Geology
 New Campus は Old Campus よりも広くてきれいです。各建物の看板を見る限り、ここには主に理系の学科が集められているようです。目指す地質学科(Institute of Geology)は簡単に見つかりました。いつものようにウロウロしている私を目ざとく見つけた学生が連れて行ってくれたからです。



 まず、教室の事務室に案内されて、イクバールという、ショーンコネリーにちょっと似ているオジさんを紹介されました。彼は事務長のような役職で、留学中の事務手続きは彼に頼むことになるらしいことがわかりました。続いて、その場に居合わせた教官や学生たちに次々と紹介されましたが多すぎて憶えられませんでした。ここでしばらく待たされた後、いよいよシャムス教授の部屋に通されました。当時、パキスタンの大学に知人が全くいなかった私にとって、シャムス教授とぺシャーワル大学のカシム教授だけが留学を相談できる相手でした。ぺシャーワル大学については、前に述べた事情でボツになったので、もしシャムス教授が受け入れてくれなければすべてが水泡に帰すところでした。ですから、私にとって彼は大恩人ということになります。

 この地質学科には16人の教官がいますが、「教授」の肩書きを持つ人は一人しかいません。一学科一教授という制度は、インド亜大陸を支配していた英国から受け継いだもののようです。日本では一学科にたくさんの教授が居るのが普通なので、大学教授の地位は日本の場合よりもはるかに高いもののようです。ちなみに教室内でエアコンがあるのは彼の研究室だけです。彼は学科でいちばんエライ人ですから教授であると同時に学科長(Director)でもあります。というわけで彼は大変忙しいらしく、私との面会中も頻繁に人が出入りして書類が行き交っていました。

 シャムス教授とは20分くらい話していたと思います。実は、インド・パキスタン訛りの強い彼の英語は、当時の私の英語力ではあまり聞き取れませんでした。英語が下手でも、具体的な目的がある場合は、事前に会話の内容を予想して準備しておくことができます。このときは、とりあえず自己紹介の内容と留学の目的、留学中に調査したい地域についてしゃべれるようにあらかじめ練習していました。しかし、準備した話が尽きると次の話題はどこに転ぶかわからくなります。研究と関係のない世間話はほとんど聞き取れません。わずかに聞き取れた数語から話の内容を推定して応答していたので、かなりトンチンカンな会話になっていたでしょう。ヒヤヒヤものの面会を終えると、イクバールさんが学科内を案内してくれました。

 地質学科は三階建と平屋の二棟からなり、一階には講義・実験室と資料展示室、二階には講義室、事務室および教官研究室、三階には図書室と講堂が配置されています。私は事務室の隣の部屋を研究室として使えることになりました。通路の部分を除いて、建物の周囲と中庭には芝生がきっちりと植えられ、花壇もあります。日本と違って土地が充分にあるので、全体的にゆったりした作りになっているのがうらやましく感じました。

 ...つづく

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